ページタイトル(方広寺の半僧杉) サイトのシンボル

画像:方広寺の半僧杉

画像:方広寺游龍窟

画像:方広寺参道の羅漢像
名称 方広寺の半僧杉 (ほうこうじのはんそうすぎ)
名称の典拠 現地の案内板(注1)
樹種 スギ
樹高 43m(注2)
目通り幹囲 5.8m(注2)
推定樹齢 不明
所在地の地名 静岡県浜松市北区引佐町奥山
 
〃 3次メッシュコード 5237−24−19
 
〃 緯度・経度 北緯34度50分53秒
           東経137度36分56秒
引佐町指定天然記念物(1977年4月9日指定)(注3)
撮影年月日 2005年12月24日

注1)多分、浜松市が設置(「ふるさと創生事業 浜松市」とあった)
注2)環境庁「日本の巨樹・巨木林 東海版」による
注3)2005年7月1日、引佐郡引佐町が浜松市に合併後、指定は浜松市に引き継がれた





 方広寺は、正式名を深奥山方広萬寿禅寺といい、臨済宗方広寺派の本山。後醍醐天皇の皇子であった聖鑑国師無文元選(むもんげんせん)が、建徳2年(1371)に開山した名刹。
 無文は京都・建仁寺で雪村友梅師らに参じたのち、21歳のときに元(中国)に渡った。帰国後、三河・遠江を行脚した際に、地頭奥山氏の帰依を受け、この地に寺を開いた。寺号の方広寺は、このあたりの地形が、元の天台山方広寺に似ていたためと伝えている。
 一派の本山に相応しく、境内には多数の大伽藍が建ち並ぶが、いずれも新しい。これは、明治14年(1881)の山火事で、殆どの伽藍を焼失してしまったからである。
 山火事の際、当時の住職東明禅師が、半僧坊神殿に籠もり、一心に祈願したところ、黒煙中に鈴の音が響き渡り、火焔を左右に切りさばく半僧坊の姿が見えたとの伝承がある。残念ながら、寺も類焼の被害に遭ったが、半僧坊と七尊菩薩堂だけが焼失を免れた。幸い大杉も火災を免れたため、以来、「半僧杉」と呼ばれるようになった。
 その半僧杉は、「羅漢坂」を上ったところ、宿坊円明閣の前に立っている。すらっと背が高く、樹勢も良さそうだ。
 巨木を目当てにわざわざ訪れたのだから、半僧杉の凛々しい姿に見入ったことはもちろんだが、参道に点在する羅漢像にも心を奪われた。
 実に表情がいい。半僧杉の半僧とは半僧半俗、つまり、まだ俗世間の煩悩を少し引きずっているような立場と理解するが、羅漢さんの表情にも同様な存在が感じられるように思う。
 いわゆる仏像のように、悟りきった表情でないのがいい。仏教の教えと異なるかも知れないが、「俗より出て、俗に還る」というのも、また一つの境地ではあるまいか。
 
ボタン:静岡県の巨木リストに戻る ボタン:トップページに戻る