ページタイトル:松尾のイチョウ 当サイトのシンボルマーク

画像:松尾のイチョウ 名称 松尾のイチョウ (まつおのいちょう)
名称の典拠 現地の案内板(注1)
樹種 イチョウ
樹高 32m(注2)
目通り幹囲 5.5m(注2)
推定樹齢 700年(注2)
所在地の地名 宮崎県東臼杵郡椎葉村松尾(下松尾)
 〃 3次メッシュコード 4831−51−79
 〃 緯度・経度 北緯32度29分01.4秒
           東経131度14分50.0秒
宮崎県指定天然記念物(1969年2月28日指定)
撮影年月日 2018年3月19日

注1)1980年11月28日に椎葉村教育委員会が設置。天然記念物指定名称もこれに同じ
注2)宮崎県が設置した「みやざきの巨樹百選」案内板による





 国道327号大イチョウトンネル東口の東方約450m。耳川(みみかわ)右岸の高台に松尾小学校がある。耳川の谷は険しく、小学校設置のために水平面を確保するのは大変だったことだろう。
 険阻な谷にあって、その小学校から見て南西、大イチョウトンネルから見ると南東にあたる斜面はやや勾配が緩く、そこに下松尾の集落があって、農地も見られる。
 その集落の最上部、家々から少し離れて、谷を見下ろす高台に、かつて庄屋であった松岡家の屋敷跡がある。
 椎葉村の公式サイトを拝見すると、藩政期における椎葉山中には84の小村があったが、それらは大きく4掛(かかり)に分けられ、それぞれの掛毎に庄屋が置かれていたという。松岡家は松尾掛の庄屋だったわけだ。
 村教委が観光協会と連名で設置した案内板によると、その当時、笹の峠を越えて、旧南郷村神門との間に交易路があったらしい。そのため松岡家では一時期50頭近くの馬を飼っていて、その繁栄ぶりは遠く佐土原(現日向市)まで聞こえていたという。
 明治41年(1908)7月13日には柳田國男が松岡家に投宿した記録も残っているそうである。
 イチョウはいつからここにあったのだろうか。別の案内板にあるように700年も昔から立っていたとも思えないが、ある時から松岡家と歴史を共にしてきたことは間違いない。
 このイチョウも、松岡家の名声とともに、近隣ではよく知られていたのだろう。冒頭に記した大イチョウトンネルの名も、そのことを物語っているように思われる。
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