ページタイトル:内田神社のイチイガシ 当サイトのシンボル

画像:内田神社のイチイガシ_1

画像:内田神社のイチイガシ_2

画像:内田神社のイチイガシ_3
名称 内田神社のイチイガシ
    (うちだじんじゃのいちいがし)
名称の典拠 現地の標柱(注1)
樹種 イチイガシ
樹高 32m(注2)
目通り幹囲 5.6m(注2)
推定樹齢 800年(注3)
所在地の地名 大分県豊後大野市三重町内田(注4)
 〃 3次メッシュコード 4931−34−68
 〃 緯度・経度 北緯32度58分17.2秒
           東経131度36分20.3秒
大分県指定天然記念物(1978年3月31日指定)
撮影年月日 2010年3月27日

注1)豊後大野市教育委員会が設置(設置年月不詳)
注2)環境庁「日本の巨樹・巨木林 九州・沖縄版」による
注3)内田神社についての案内板の記述による
注4)2005年3月31日、大野郡内の5町2村が合併して豊後大野市誕生。旧行政区は大野郡三重町





 標柱に記された名称は標記の通りだが、神社の名は、正しくは宇知多神社というらしい。
 祭神は天照大神(あまてらすおおかみ)はじめ6柱。よく知る神々の名が列挙されているが、そのなかに「女霊(じょれい)」というのがある。
 境内の案内板、及び平凡社「大分県の地名」によると、これには次のような伝承があるようだ。

画像:内田神社のイチイガシ_4

 元暦〜文治(1184〜90)の頃、京都で朝廷に仕えていた9人の女官が日向国の法華岳参詣に向かい、当地の豪族由布家に辿り着いた(一説に、源平合戦に敗れて落ちてきたとも)。女官たちはそこで日向国は遙か遠路であることを知り、みな身を投げて死んでしまった。憐れんだ村人がそれら9人の霊を祀ったのが始まりという。神社は吉井山(254m)の北麓に位置するため、吉井九座大明神社と称したという。
 明治になって、一時は他の神社とともに稲荷原に合祀されたが、同15年(1882)、現在地に戻って現社号を称するようになった。(私が持つ道路地図では「吉井神社」とされている)
 山の北斜面にあることで、境内はなんとなく寒々とした印象を与える。それにはスギが主体の社叢も一役買っている感じ。
 御神木のイチイガシは、本殿の右手(向かって左)、高台から見下ろすように立つ。頂部まで大枝を残し、大きな樹冠を広げている。樹勢が良さそうだ。
 案内板では神社創立の頃に植えられたと考えたのだろうが、実際の樹齢は800年よりかなり若いのではなかろうか。
 
ボタン:大分県の巨木リストに戻る ボタン:トップページに戻る