ページタイトル:弓の木 当サイトのシンボル

画像:弓の木(幹と並ぶ)

画像:弓の木(全景)

画像:弓の木
名称 弓の木 (ゆみのき)
名称の典拠 現地の案内板(注1)
樹種 ムクノキ
樹高 11m(注2)
目通り幹囲 7.0m(注2)
推定樹齢 600年(注3)
所在地の地名 兵庫県佐用郡佐用町三日月字笹尾
 〃 3次メッシュコード 5234−33−65
 〃 緯度・経度 北緯34度58分14.5秒
           東経134度26分43.4分
兵庫県指定天然記念物(1986年3月25日指定)
撮影年月日 2011年5月14日

注1)現地に、兵庫県教育委員会が1993年11月に設置した案内板があり、それには「三日月のムクノキの古木」とある。この名前が天然記念物指定名称であるが、一方で、説明文中に、地元では「弓の木」と呼ばれているとも記載されている。旧三日月町内には、さらに大きなムクノキ古木がもう1本あることでもあり、私のサイトでは、「弓の木」と呼ぶことにした
注2)環境庁「日本の巨樹・巨木林 近畿版」による
注3)上記案内板による
注4)2005年10月1日、佐用町に合併。旧行政区は佐用郡三日月町





 たつの市との市境近く、角亀川左岸、里山と水田の境界部分、荒神社の境内に立っている。
 案内板によれば、承久の乱(1221年)に失敗した後鳥羽上皇が隠岐に流される途中、この木に弓を掛けて休んだという伝説があるらしい。「弓の木」と呼ばれる所以である。
 推定されている樹齢と、この伝説は年代が一致していないが、伝説とはそういうものである。上皇の配流という出来事には、伝説として伝え続けられるだけのインパクトがあったということなのだろう。
 ただ、伝えられるうちに、伝承には曖昧な部分も生じてきたようで、近年になって設置された石碑には、後鳥羽上皇でなく、「後醍醐天皇弓掛天然記念木/墓地変更火葬場建設落成記念」と刻まれている。
 さて、ムクノキだが、かなり低地側に傾いた、不自然な姿で立っている。
 それもそのはず、もとは傾斜と反対側にもう1本の幹が立っていたらしい。現在、そちら側は大きく削がれ、幹にぽっかり穴が開いている。
 失われたのは明治の末頃らしい。明治末年は西暦1912年にあたるので、今から100年ほど昔の話だ。
 
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