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名称 深江神社のクスノキ (ふかえじんじゃのくすのき)
名称の典拠 なし
樹種 クスノキ
樹高 18m(注1)
目通り幹囲 5.6m(注1)
推定樹齢 不明
所在地の地名 福岡県糸島市二丈深江(注2)
〃 3次メッシュコード 5030−21−11
〃 緯度・経度 北緯33度30分56.4秒
東経130度08分14.0秒
天然記念物指定 なし
撮影年月日 2025年3月29日
注1)環境省巨樹データベース(2017年調査)による
注2)2010年1月1日、1市2町が合併して糸島市誕生。旧行政区は糸島郡二丈町
JR筑肥線筑前深江駅から西に200mほどの市街地に深江神社が鎮座する。
祭神は玉依姫命(たまよりひめのみこと)と菅原道真(すがわらのみちざね)の2柱。
門前に掲示された由緒書によれば、建久8年(1197)、高祖(たかす)城主原田種直(はらだたねなお)が原田家の守護神として、上深江片峯の地に竈門宝満宮と太宰天満宮の分霊を勧請した。しかしそこは土地が狭隘であったため、建仁3年(1203)、現在地に遷座。これが深江神社の始まりとのこと。
時代が下り、豊臣秀吉が朝鮮出兵の指揮をとるため名護屋城に在陣中の天正20年(1592)8月、深江神社に参拝した折に秀頼誕生の知らせが届いた(注3)。それを喜んだ秀吉は小早川隆景(こばやかわたかかげ)に命じて社殿を再興させ、宮司の坊(神宮寺?)の名称を誕生山神護寺秀覚院と改号したという。
秀吉云々については記録に少々怪しげなところもあるが、古い歴史を有し、地域で大切にされてきた神社であることは間違いなさそうだ。
境内に、目立つクスノキが3本。左図はそのなかの頭領格。
境内前面を囲む白壁のすぐ内側に立つ。
白壁の外はかつての唐津街道。
旅人の目にも、このクスノキが目に入ったことだろう。
注3)秀頼の誕生日は、旧暦で文禄2年(1593)8月3日で、深江神社の社伝とは1年ずれている。それが気になったか、境内案内図に記された文章では「誕生」でなく「懐妊の知らせ」となっているが、それでも計算が合わない |
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