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名称 福童の将軍藤 (ふくどうのしょうぐんふじ)
名称の典拠 現地の案内板(注1)
樹種 フジ
樹高 2m(注2)
目通り幹囲 3.9m(注2)
推定樹齢 600年(注3)
所在地の地名 福岡県小郡市福童
〃 3次メッシュコード 5030−04−53
〃 緯度・経度 北緯33度22分44.2秒
東経130度32分46.6秒
福岡県指定天然記念物(1970年5月2日指定)
撮影年月日 2025年3月24日
注1)設置者名の確認を失念。天然記念物指定名称もこれに同じ
注2)環境省巨樹データベース(2000年フォローアップ調査)による
西鉄天神大牟田線端間(はたま)駅の西側が福童で、駅から西に400mほどのところに大中臣神社(おおなかとみじんじゃ)がある。
創立年暦についての記録は無いようだが、市指定文化財の楼門の説明によると、斉衡3年(856)に作成された筑後国神名帳に「西福童大中臣神」の名前が見えるらしい。それまでには既に存在していた神社であることは間違いなさそうだ。
室町時代初期の正平14年(1359=延文4年)、筑後川を挟んで南北朝最後の大合戦(大保原(おおほばる)合戦)があった。
社伝によれば、その際に負傷した南朝方の征西将軍懐良(かねよし)親王が大中臣神社で快癒を祈祷。全快したことから藤を奉納して神に感謝したとされている。
つまり樹名の「将軍」とは懐良親王のことである。
中臣(なかとみ)は藤原氏の始祖となった鎌足(かまたり)の元の氏である。そんなことから藤が植えられたのだろうか。(藤の花色は紫、高貴な色とされる色でもある)
幹囲について補足。環境省データベースでは2本の合体木としていて、それぞれ幹囲は220cmと165cm(地際で測定?)、上記データ欄はそれを合算した数値である。(環境省巨樹測定要項は、株立ちの場合、それぞれ単独に測定して合算するよう指示している)
立派な藤棚が造られていて、グーグルアースの写真で見ると、訪問時現在、その面積は約530平方メートル(一辺がほぼ23mの正方形。160坪)。案内板と数値が違うが、藤棚は蔓の伸長とともに広げられてきたのだろう。
花期にはさぞ見事だろうと思われる。 |
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