ページタイトル:元光願寺大樟 当サイトのシンボル

画像:元光願寺大樟(幹と並ぶ)


画像:元光願寺大樟
名称 元光願寺大樟 (もとこうがんじおおくす)
名称の典拠 現地の案内板(注1)
樹種 クスノキ
樹高 30m(注2)
目通り幹囲 8.4m(注2)
推定樹齢 伝承800年(注2)
所在地の地名 福岡県田川郡香春町香春(山下町)
 〃 3次メッシュコード 5030−46−07
 〃 緯度・経度 北緯33度40分18.1秒
           東経130度50分48.1秒
福岡県指定天然記念物(1960年8月1日指定)
撮影年月日 2010年3月20日

注1)設置者名・設置年月とも不詳
注2)環境庁「日本の巨樹・巨木林 九州・沖縄版」による





 香春岳(かわらだけ)は南北に並ぶ3つの峰を有する山塊の総称で、それぞれのピークは、南から一ノ岳、二ノ岳、三ノ岳と呼ばれている。香春神社が一ノ岳の南麓に鎮座することから、信仰の上では一ノ岳が最も重要な意味をもっていたのかも知れないが、今日、一ノ岳は石灰岩の採掘ですっかり山容を変えてしまった。
 このクスノキが立つのは、一ノ岳の南東麓。
 案内板によると、ここは、お寺の境内であったということだ。
 参道らしき道を辿って登ると、地蔵堂がある。ほかに寺院跡を連想させるものは見つけられなかった。
 案内板に戻ると、天正3年(1575)に天台宗仏法山(雲立山)東光寺が開かれ、のち浄土宗に改宗、山寺号も真永山長福寺と改めた。光願寺と号するようになったのは享保元年(1716)からのことらしい。
 その後のことについては何も書かれていないが、現在、直線距離で700mほど離れた下高野に浄土宗光願寺がある。なにかを契機に、光願寺はその地に移転したと思われる。
 もとの光願寺参道(?)の途中、斜面上部にクスノキが立っている。大きく肥大した根元が特徴と言えそうだ。
 幹の途中に、縦に細長い大きな穴が開いている。かつて、ここからは、大きな支幹が出ていたのではないかと想像される。
 支幹が失われたのはずいぶん昔のことだったのだろう。周辺部の表皮が盛り上がり、現在、自己修復中である。今の樹勢が維持できれば、穴は年々小さくなってゆくことだろう。
 話は変わるが、キリシタン大名大友宗麟や島原の乱で知られるように、本州に比べ、九州には多数のキリスト教徒がいたと思われる。江戸時代にキリスト教禁止令が出された際、田川郡内における宗門改め、踏絵がここにあった寺で行われたということだ。
 大クスノキもその様子を見てきたと思われる。
 
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